デザイン

デザイナーが心折れないように。風になびく葦(あし)の如くしなやかに。

心折れず、風になびく葦のように

Googleで「うつ」を検索すると、Webデザイナー/デザイナーの職業病みたいな内容の記事が出てきます。
一方、HSP(Highly sensitive person)である人の適職として、Webデザイナーが紹介されたりもしていました。
とっても繊細な人に向いているけど、うつになりやすい職業なんですかね、Webデザイナーって。

うつはどんな職業の人であっても、かかる可能性のある病です。

けれども、実際うつになったWebデザイナーとしては、心が折れやすい職業だからこそ、そうならないような「考え方」を持って欲しいと思います。

Webデザイナーは何をする人か

デザイナーといっても、いろんな種類があります。
身の回りにあるあらゆる人工物には、それを作ったデザイナーがいるはずですから。

Webデザイナーはといえば、ざっくりWebページの見た目を作っていくのが仕事です。
というと、Webページに貼ってある画像を作る人という印象を持つ方もいますよね?

画像作りももちろんですが、パーツ単位ではなくページ全体にわたって、テキスト配置、余白の取り方、ユーザーが抱く雰囲気などで、伝わりやすさと利用しやすさを実現する「カタチ」を作る人のことをいいます。
多くの場合、依頼者が抱える何かしらの問題を「カタチ」で解決する提案をすることになります。

ページ全体を画像として作成したあと、ブラウザで表示するためのコーディングまでやる人もいれば、その部分は専門スタッフに任せる人もいます。
専門スタッフに任せたとしても、最終的な仕上がりを想定するため、HTML、CSS、Javascriptの知識は必要ですし、ページが検索結果の上位にくるよう、SEOに関する知識も必要です。

どの程度分業化された環境に属しているかで、Webデザイナーが作業する守備範囲は異なってきます。フリーランスで活躍している人は、ここまで紹介したすべての作業を1人で行う人が多いですね。

視覚情報の「表現」と、データとして最適な状態をめざす「テクニカル」な部分は、脳の違うところを使っているんですよね。脳の疲れ方が違うんです。右脳も左脳も使ってる感じ?

そういう意味では、脳が疲れやすい職業と言えるかもしれません。

Webデザイナーはまだ登場して20年余り。でも20年前の経験は、今ではまったく役に立ちません。
積み重なっていく経験値は、常に直近年のものしか通用しない。
だから若いうちしかできない職業と言われているのかな。
それでも、Webに限らずデザイナーという肩書きで共通する考え方なら、ある程度経験値が活かせると思います。

次の章からは、デザイナーの役目である「カタチ」にすることと、その反応に対する考え方を書いていきます。たぶん心が折れやすいのは、この部分だと思うので。

コーディング画面

作ったものをどう評価されるか

作ったデザインを依頼主さんに見せた時、どんな反応が返ってくるか、何年やっててもドキドキします。
事前にきちんと依頼主とコンセンサスをとっていたとしても、です。
プレゼンテーションでコンセプトの説明をしている時だって、依頼主の興味は早くどういうデザインなのか見せてよ、にあります。

コンセプトをしっかり納得してもらえれば、デザインが多少弱くてもOKとする人もいるのですが、はっきりいいましょう、結果は「見た目」です。

賞賛されることは、年に数回あるかってくらい。
ちょっとした疑問からはじまって、時にはきつい言葉が返ってくることがあります。
矢面に立つのはデザイナー。どんなに立派なコンセプトがあったとしても、カタチにしたのはデザイナーだから。

デザインは、0からオリジナルなものを作る芸術ではありません。
さまざまなセオリーがあって、その上にセンスや経験、技術力によって、目的にベストマッチなカタチに仕上げていくものです。

考え方に納得してもらえなかったのなら、調査や分析不足を反省できます。
でも見た目のセンスや才能など、数値化しにくい自分の価値となるものを否定されてしまうと、人格を全否定されてしまった気がします。

そうでなくとも、提出前までに、作っては直し、作っては直しをさんざんやってきたはずです。
繊細で真面目な人が多いデザイナーは、自分をすり減らしながら仕事に打ち込んでいます。

若く、エネルギーに満ちている人ならば、自分のすべてを仕事にかける勢いで続けていけるでしょう。
経験が積み重なれば、コツを得て、要領よくできるようになる部分もありますが、常に新しいことへチャレンジしようと向上心のある人は、エネルギーがどれくらい残っているかに気をつけていないと、続けられなくなってしまいます。

そのために、心が折れないような心構えをしていく必要があると思います。

デザイナーは口達者でない

優秀なデザイナーはコミュニケーション能力も高いです。
でも多くのデザイナーは、口達者でない人が多いと思います。
思考する時、言語でなくイメージでカタチをこねていく傾向があるからでしょうか。
さすがにプロとして仕事している人だったら、なぜそうなったかの理由を「なんとなく」とは言わないでしょう。きちんと理由があるはずです。でもきちんと相手に伝わるような言葉にできる人ばかりではありません。

デザイナーが依頼者からの矢面に立った場合、作品と自分との同一化が深まっていると、自分の内面を語るのが難しいように、抽象的な比喩だったり、余計わからないことを言ってしまうことがあります。

一生懸命作ったものを受け入れてもらえない、しかも叩かれる。
有無を言わせず納得できるモノを作れなかった、情けない自分。
依頼者の要望、問題の解決を提供するという目的から、いつのまにか自分の思いを押し付ける目的にすり替わってしまっていたかもしれません。

自分の思考を「言語化」できるように、ふだんから練習していきましょう。
自分の感覚、自分の選択を「言語化」することで、自分そのものから意図を切り離すことができます。

自分と自分が作ったものに切り離しができていないと、あらゆる意見や批判を自分自身で受け止めてしまうことになります。
短いサイクルでその繰り返しを延々と経験してしまうと、ダメになったスマホのバッテリーのように、だんだんとエネルギーが枯れてきたことに気がつくハメになります。

作ったもの=自分そのものではない

分割イメージ

まず自分自身と作ったものを切り分けて考えます。
作品に対する意見や批判を、自分自身が責められているように感じるのをやめましょう。
自分の思いや技術によって生み出された作品は、自分の分身や子供のように感じてしまうかもしれません。
でもその作品は、分身であってもあなたのごく一部分のはずです。

次に、意見や批判されたのは「どの部分か」をクリアにしていきます。
漠然と自分の力不足という受け止め方から、このデザインのどの部分がどのように要望と食い違っていたのかを絞り込んでいきます。
意識を自分から、作った作品に移し、より客観的な目で「部分化」を行っていきましょう。

それができると、「そういうことだったら…」と改善案が生まれてきやすくなります。
批判された対象が、自分のすごくこだわったところだったりすると、なかなか自分と作品の切り離しができないかもしれません。
そういう場合の開き直り方としては「デザイナーは芸術家ではない。職人だ。」という考え方があります。
職人であるならば、望むものを最良の状態で提供することに徹していけるはず。

物事に入り込みすぎる傾向がデザイナーにはあると思います。
心が柔軟でいられるよう心がける、これすごく大切です。
心を剥き身のままにせず、部分化と言語化でコーティングしましょう。
ポキっと心が折れないよう、風になびく葦のようなしなやかさを、自分の軸にしてください。

休みの日は仕事をしない日

オンとオフをきちんと切り替える。どんな職業でも必要なことですね
デザイナーの場合、眼に映るほぼすべてのものには、それを作ったデザイナーがいると先に書いた通り、あらゆる場でデザインのインプットをしてしまいます。

これ何てフォントだろうとか、この色合いは気持ちいいなとか、この広告の見せ方は圧強すぎだよな、とか。

そういうインプットは、デザイナーの性だから仕方ありません。
仕事をしていなくても、起きている間はずっとデザイナーなんです。
お医者さんや警察官みたいなものかもしれません。
オンとオフの切り替えが意識の上でしにくい職業かと思います。

若いうちしかできない職業と言われているWebデザイナー。
テクニカルな面で追いついていくのが大変なのと、自分の培ってきた経験とトレンドとの間にギャップを感じるようになってくるのです。

休みの日には、自分に足りない技術や知識の習得に時間を割いてる人もけっこういます。

向上心はすばらしい!
でも疲れ切っているときは、きちんと自分を休めるようにしてくださいね。
意識してそうしてください。
少なくても、仕事で使っている脳の部位とは、違う部分を使うといいと思います。


自分は50過ぎてもやってます。うつにはなったけど続けています。
できればうつにはなりたくなかったし、回避する考え方をもっと早く身につけてたら、とは思いますが。
「しくじり先生」ではないけれど、こんな自分にならなように、と今回の記事を書きました。
少しでも役にたてれば幸いです。

ABOUT ME
二ゴ
うつ病になったのは10年前。それから復職、再発の休職を繰り返し、気づけばもう50代。元の自分に戻るのではなく、別の新しい自分にならなきゃともがいて生きてる最中ですけど、同じようにシンドイ思いをして生きてる人にむけて、少しでも励みになりたいとブログを始めました。