ココロとカラダ

直感と違和感に従え

直感と違和感

「直感は外れるけど、違和感は外れない」という言葉に、たしかにそうかもなって納得をしてしまった私。

デザイン制作でなかなか思ったようなカタチにならない時、ひらめきで突っ走るのではなく、違和感に従って考え直した方がいい結果につながることが多いから。

そこで直感と違和感、なにがどう違うんだろ?と疑問がわいてきました。
調べて考えてみましょう。

直感は自分の蓄積された経験がモノを言う

直感と違和感

直感:推理・考察などによるのでなく、感覚によって物事をとらえること。
違和感:しっくりしない感じ。また、ちぐはぐに思われること。

「コトバンク」に掲載の辞書的な意味の違いはこんな感じ。

将棋の羽生善治さんは、直感を「論理的思考が瞬時に行われるようなもの」と語っています。そして「直感の7割は正しい」とも。
つまり、これまで積み重ねてきた経験と思考が、改めて考える工程を通すことなく、瞬間的に答えを指し示すことなんですね。逆に経験の少ない分野の直感は、アテにできないことになると。

羽生善治さんのような天才ではありませんが、私にだって直感はあります。
根拠はないけど、なんとなく、こっちよりあっちのほうが正しい(気がする)という感覚。
それは判断に迷っている時に、訪れる、または頼ってしまう感覚という気がします。

それは決して天から降ってくる閃きなどではなく、過去に蓄積された自分の経験から、思考を省略して出される判断だというなら、自分の経験以上の答えは出てこないということ。

冒頭に書いた「直感は外れるけど」というのは、まだ十分な経験と思考の蓄積が足りないからなんですね。

考えるという意識を通さないということは、「直感」は無意識の領域で行われているということになります。
人の意識を山に例えると、山のほとんどは無意識でできていて、意識できる部分というのは頂上付近のほんの一部分だと言われています。氷山でいうなら、意識は氷山の一角の部分ですね。

人は自分で意識している以上に、実は多くの情報をキャッチしていて、膨大な過去の経験や思考のデータは、無意識の領域に保存されています。
無意識の領域では、意識していること以外に、現在の状況と過去のデータとの照会が行われており、瞬間的にさまざまな処置を行っています。
スポーツや楽器演奏などでは、意識する前からその動作をするための準備が無意識下ではじまっているらしいです。

直感に従うということは、脳の無意識の処理に従うということ。本能に従うことともいえますね
いろいろ考えてみたけれど、直感に従って判断をくだすことって、結局は等身大の判断と言えるんですね。

違和感は無視せず見直すべき

直感と違和感

直感よりも正しい判断を下すという「違和感」。
直感は瞬間的に訪れるものですが、違和感はじわじわと来ることが多いですね。

違和感は、はっきりした理由はわからないけど、なんとなく、違うような気がするという感覚。しっくりこない、という否定感。
思考という工程を経ない、感覚的、生理的、心理的なものであることを考えると、これも直感と同じように無意識下の働きであるといえます。

違和感は、直感の判断に動員された過去の経験や思考から漏れてしまったことまでも、複数回の直感に対するフィードバックで照会され、精度が向上したものといえます。

見直すべきという本能的な警告として。

「違和感は外れない」という言葉に納得してしまえるのは、違和感を覚えながら無視してしまった結果、うまくいかなかった経験を記憶してているから。

なんで無視してしまったのか。
仕事上で決まったことに対する違和感にしても、自分のカラダに感じる違和感にしても、もやっとした感覚だけで、はっきりした理由を言語化できなかったからです。
だから余計、悔しい思いも残ります。

ちゃんと立ち止まって見直してみましょう。本能からの警告を。
違和感は外れないと思えるのなら、違和感を大切に扱いましょう。たとえ言語化できなかったとしても、自分のことを信じるなら、必ずそこには何かあるのだから。

言葉としての違和感

ところで、直感と違和感について検索してきた方は、「直感を感じる」「違和感を感じる」という言い方に違和感があったからかもしれません。
「感」が重なってますからね、よく使う言い方とはいえ、正しい言い方があるのでは?と思ってしまいます。

この記事を書くにあたって、私も調べてみました。
結果は、間違った言い方ではないようです。「違和感を覚える」という言い方もありますが、結局「覚える」も「感じる」も同じ意味ですから、どちらでもいいとのこと。「体操着を着る」みたいなものなんですね。

違和感は、言葉や文章で感じることが多いです。
そこでビジネスマナーの記事をアクセスして、ああ、そうねーと思うことがしばしば。
生きてきた環境や人付き合い、育ちや教育が、違和感の源になっていることを実感します。
それが正しくても間違っていることでも、見直してみることは大切ですね。

直感と違和感に従うこと

直感と違和感

以上、直感も違和感も、自分の経験と思考の蓄積から無意識が出した判断だとわかりました。
いろいろ考えてみたところで、結局は直感と違和感に従うのがイイんじゃないか、それが自分自身そのものだし、とくに違和感には注意を払おうというのがこの記事の内容です。

判断を下す・決定する、という時に、直感と違和感は根拠にはなります。
でも、判断・決定するには、好き・嫌いという感情が大きく働いていることがわかっています。
頭では今年の流行はわかっているけれど、結局選んだのはいつものコレ、ってことありますからね。
物事を決めることって、実はとっても主観的な行為だったんです!(びっくり)

ABOUT ME
二ゴ
うつ病になったのは10年前。それから復職、再発の休職を繰り返し、気づけばもう50代。元の自分に戻るのではなく、別の新しい自分にならなきゃともがいて生きてる最中ですけど、同じようにシンドイ思いをして生きてる人にむけて、少しでも励みになりたいとブログを始めました。